● 一方その頃･･･

ゴルベーザはカインを従えて、ローザの様子を見に来ていた。
セシルが試練の山を登っているという情報はすぐに届いた。ゴルベーザはそれについての対策も、ちゃんと練ってあった。
「いでよ、スカルミリョーネ！」
ゴルベーザは叫ぶ。音もなく、スカルミリョーネが現れた。
「土のスカルミリョーネ、こちらに……」
「あのセシルとかいう者、侮れん。今のうち、手を打っておいた方がよさそうだ。幸い奴は暗黒騎士。お前の率いるアンデッドたちにはその剣も鈍ろうというもの。だが奴は試練の山を登っている」
「では、パラディンに……？」
ゴルベーザは頷く。
「そうなる前に始末するのがお前の役目」
「ご心配無用。ゴルベーザ様はゆっくりここで御覧下さい……」
「ではゆくがよい！」
「は……」
スカルミリョーネは消えた。
ゴルベーザはカインを振り返る。
「面白くなってきたな、カイン」
カインは難しい顔をした。
「は……しかし、セシルの力、侮っては……」
その言葉に、ゴルベーザの眉はピクリと動く。
「かつての友を敬う気持ちもわかるが……」
そして、苦々しげに唇を噛んだ。
――たとえそれがどんな意味であれ、カインの唇から誰かへの高い評価を聞くことは、いい気分ではない。
「……だからこそ、スカルミリョーネをさしむけた。奴も四天王の一人。楽しませてくれるはず。――なあ、ローザよ！」
そして、何よりも癪に障る――この女。
この女はセシルを愛しているというのに、カインはこの女を愛しているのだ。
「ヤツとは、このカインが！」
カインの言葉すら、ゴルベーザの癪に障る。そんなにこの女に拘わっているのか。そんなにセシルと張り合いたいのか。
――だが。――それでも、ゴルベーザはカインを憎むことができないのだった。カインを危険な目に合わせることなど、できるだけしたくない。
その気持ちを悟られまいと、吐き捨てるように無下に怒鳴った。
「この間のような失態を見せておいて、何を言う！ ……お前はローザの見張りをしておればよい！」
ローザの見張りは、最も安全な仕事。
誰にも襲われない、誰にも傷つけられない、手を汚すこともない、深層の奥の奥の仕事。
「は……！」
カインは従順に頷いた。
だがその瞳がローザを見詰めていることに、ゴルベーザは気づいていた。
「……カイン！」
ローザにも……誰にも……お前を渡しはしない。
突然、カインを自分のものにしたくなった。ゴルベーザは自分を見るカインに眼光を放った。　
セシルを愛しているとわかりきっているローザに、絶対にカインを奪われることなどないとわかっているローザに、それでも見せつけずにいられない。カインが自分のものだということを。
「カイン、――こっちへ来い」
カインの足取りが、一歩一歩おぼつかない。ゆっくりとゴルベーザの側へ来た。
ゴルベーザはカインの項に手を寄せ、カインの唇を貪った。
ローザの目が、驚きに見開いている。
「――カイン――お嬢さんは、退屈だそうだ。見せてやれ――淫乱なお前の姿を。俺を欲しがって泣く姿を見せてやるんだ。その淫らな唇で俺を求め、俺を受け入れて喘ぐ姿を見せてやるがいい」
カインの瞳は歪む。ローザの前でそんな醜態は晒せないと、自分を懸命に制しているのがわかる。
「――ローザ、カインは――俺のものなんだ」
目を背けるローザに、ゴルベーザは言う。
「俺がいないと片時もいられない――淫乱だ」

ローザは瞳を固く閉じた。

だが、耳にカインの荒い吐息が聞こえてくるようになると、最早目を閉じているという行為は何の意味も持たなくなる。苦しげなカインの嬌声、規則正しい、或いは途切れ、或いは次第に早くなるリズムで、繰り返される衣擦れの音。
けれど、ローザはいつまでも、目を閉じていた。
兄のように慕っていたカインのそんな姿を、見ることができなかった。
しかも、それが彼の意思でないとわかっていれば、尚更。