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あの後やはりうまく寝付けず、翌朝の目覚めは芳しいものではなかった。カインは重い身体を無理にひきずってゲストルームの下にある食堂に降りてきたが、もう食堂には誰の姿もなかった。
食堂のカウンターで朝食を注文し、受け取った皿を持ってテーブルにつく。とりあえず目の前の皿にフォークをつけ、何度か口に運ぶと、優れなかった気分はだいぶよくなった。
「ずいぶん遅いお目覚めだな」
言われて振り向くと、エッジが居た。
「フ……相変わらず口の減らない王子様だ」
「おっと、俺はもう王子じゃねえ。今はエブラーナ王なんだぜ」
「そうだったか……」
エッジの言葉に、ふと、自分自身を振り返ってみて変化の無いことに愕然とした。
エッジはエブラーナ王に、ヤンはファブール王に。ギルバートはダムシアン王に、そしてセシルはバロン王になりローザと結婚した。
リディアは立派な召喚士に、パロムは賢者を目指して修行中、ポロムも自分自身を見つめなおして魔法を磨いている。
シドは、既に老体だから、今も元気で戦闘に加わっていること自体が驚きに値するとして――
他の者たちが自分を磨いていた間、自分は一体何をしていただろうか。
自分の過ちを受け入れ、聖竜騎士になれたのはついこの間のことだ。それまでは、ローザへの思いにただひたすらとらわれ、堂々巡りに陥っていた。十年以上もの時間がありながら。
「エッジ。お前は立派だな……」
本心から出た言葉だったが、エッジはいつものように明るい調子ではぐらかした。
「おいおい、何言ってくれてんだ。気味が悪いぜ。まあ言われなくても自分が一番よくわかってることだけどよ」
「いや、お前だけではない。みんなちゃんと前へ進んでいる。俺は変わらん。俺だけが」
エッジは眉を上に上げ、少し考えたような間をとった後、カインの肩をポンと叩いた。
「……まあ、いろいろあると思うけどよ。女はローザだけじゃねえからな」
ローザに執着して暴れまわっていた影のことを誰かに聞いたのだろう。あれも自分自身の一部として受け入れたとは言え、それを知られてしまっていることには居心地の悪さも感じた。
「……」
とりあえずエッジの言葉には答えず、朝食を終えて立ち上がる。エッジはカインの様子を見ると、今思い出したかのように「おっと俺も何か腹に入れなきゃな」と呟いてカウンターへ向かった。
城の中庭へ出ると、セシルとローザとセオドアがいた。セシルがセオドアに剣の稽古をつけているようだったが、セオドアはともかくセシルとローザに何事もなかったかのように接するのには恥じらいを感じる。向こうが何とも思っていないようならよいが、こちらから声をかける勇気は沸き起こらなかった。
カインはそっと踵を返し、城のエントランスを抜けて城門を出た。
バロンの城下町は、昔と少しも変わらない。道具屋と武器屋、防具屋で手持ちの装備を整えてから、目を閉じていても歩けるほど見知った町の中をただ懐かしむためだけにあてもなく歩いた。
カインはこの町で生まれ、この町で過ごした。物心ついた時には既にセシルとローザが傍にいて、いつも三人で遊んでいた。竜騎士だった父が亡くなってからは、カインはローザの母を親代わりにして育った。妹のように大事だったローザ。成長するにつれ美しくなっていく彼女に、いつしか家族に抱く以上の感情が芽生え、次第に大きくなっていった。カインにとってローザは、心から愛する女性であるのと同時に、大切な幼馴染みであり、可愛い妹であり、失われた家族のぬくもりそのものだった。
そしてセシルは、信頼しあえる親友であり、力を試しあえるライバルであり、大事な兄弟でもあった。
だが、ローザはセシルを――
いや、そこから先のことはもういい。また同じことの繰り返しになるだけだ。
夕暮れが迫っていた。カインは宿屋の二階にある酒場へ立ち寄り、喉の乾きと空腹を癒した。
バロン城に戻った時には、もう日はとうに落ちており、黒い空に無数の星と大きな月がこうこうと輝いていた。
夜闇に静まったバロン城の月の光に白く輝く石の廊下に靴音を響かせ、冷たく光る階段を上った。
ゲストルームの扉がずらりと並ぶ長い廊下の先のバルコニーに、黒い人影が見える。なぜとは無しにそれが気にかかり、カインは自室を通り過ぎ、人影の方に向かった。近寄ってみて初めて、その黒衣の男が誰なのかに気づいた。月の光の下で空を見上げている黒い影は、ゴルベーザだった。
「……ゴルベーザ」
声をかけると、さほど驚くわけでもなく黒衣の男は振り向いた。銀色の髪が月明かりに光を放ち、ゴルベーザの彫刻のような顔立ちを浮き立たせていた。
ゴルベーザと過ごした時のことは、操られていたとは言えある程度記憶に残っているが、こうしてみると記憶の中のどの顔立ちとも違って見える。穏やかで落ち着いた表情に見えるせいだろうか。
「魔導船の準備はできている。皆の装備が整えばいつでも月へ行くことはできる」
ゴルベーザの声を聞きながら、ふと、今朝エッジの前で感じた疎外感を思い出した。
十数年の間に、みんなそれぞれ前に進んでいることを改めて思い、自らと照らし合わせるといたたまれない気持ちになるが、その時ゴルベーザのことは頭に思い浮かびもしなかった。
「……お前は……この十年以上の間、何をしていた」
唐突にぶつけた問いだったのに、ゴルベーザはまるでカインが何を尋ねているのかが咄嗟にわかったかのように静かに答えた。
「俺は――何も変わっていない」
そして、まるで眩しさを堪えるような顔つきで眉を寄せて目を細め、カインを見た。
「――お前は聖竜騎士となり、新しい道を歩き出したようだが」
そんな風に言われるとは思わなかった。それほどあからさまな肯定の言葉を求めたつもりはなかったのだが、それまで感じていた閉塞感と焦燥感を思うと、今の姿を否定で上塗りされるよりはほんの少しだけ救われたような気分になったことも確かだ。
ゴルベーザは懐かしんでいるのか観察しているのかわからない物言いたげな目つきでカインをただ見つめていた。
言葉を交わさないまま長いこと見つめられ、そういえばゴルベーザに愛を告げられたのだということを、今更のように思い出した。
「……あれはどういうことだ」
「あれとは?」
「俺を――」
「ああ」
ゴルベーザは困ったように笑った。言いかけただけで全て口にしなくても、この男にはなぜカインの言いたいことがわかってしまうのだろう。共に過ごした時間もあったとは言え不思議だ。
「話したことが全てだ。どういうことだと聞かれても答えようがない」
ゴルベーザはまたあの形容しがたいような目つきでカインをじっと見つめた。
「青き星で、初めてお前と顔を合わせた時から、お前に心を奪われていた。お前にしてみれば、俺の部下として動いていた時のことは、思い出したくもないだろうが――」
悪意に操られていた時の記憶は、ところどころ霞にかかったようにはっきりしない部分もあるが、ゴルベーザと初めて対面した時のことは覚えている。バロンの暗黒騎士隊の隊長で赤き翼を指揮していたセシルがミストで行方不明になった後、新しく赤き翼を率いることになったゴルベーザに竜騎士隊の隊長として顔をあわせたのだ。
だがその後、王の命令でバロンの戦闘部隊は全て赤き翼の下につくことになり、ゴルベーザはカインの上官となった。
「……馬鹿な。男にそんなことを言われても困る。それに、セシルの兄さんに、そんな感情は抱けない」
「ああ。当然だ。俺がお前を愛するなど、あってはならないことだった」
ゴルベーザは反論することもなく、ただ静かにそう言った。「許されざる感情」という言葉の意味が、ようやくじわじわと実感できた。
「しかし――どういう――」
「お前がローザを愛しているように、俺はお前を愛している」
ローザへの気持ちは、誰に間違っていると言われようともカインの中では壊しがたい真実だ。それを例えに出されるのは不愉快だった。
「バカな。笑えん。俺がローザを愛する気持ちは必然だ。俺にはローザしかいない。男が男を思うような、そんな――穢れたものと一緒にされては迷惑だ」
吐き出すようにそう言ってゴルベーザを睨みつけたが、ゴルベーザは何事もなかったかのようにただ平静だった。
「お前にローザしかいないように、俺にもお前しかいなかった。穢れていると言われても、それしかないのだ」
カインはその静かに響く低い声音に気圧され、返す言葉を失った。
「お前に否定されるのは当然だ。だが、自分の感情を消し去ることはできない」
月の光が映し出すゴルベーザの顔は、荘厳な輝きを放っているかのようにすら見えた。
「俺に言える言葉はただひとつだけだ。カイン、お前を愛している」
夜の風がカインの髪を撫で、頬をなぞって過ぎ去った。
それは、遠い昔にどこかで触れたことがある誰かの指の感触に似ていた。
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渡辺諄子
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女性
自己紹介:
※当然ですが、FF4の公式(スクエア・エニックス)とは一切関係ありません。ファンが好き勝手なことを書いているファンサイトです。しかも腐女子向け。
※カップリングはゴルベーザ×カインです。
※カップリングはゴルベーザ×カインです。